KentaSato’s blog

欧州蹴球日記 in Croatia

自分の課題




自分は長男として生まれた。妹が1人いる。


幼稚園から小学校低学年までは何の主張も出来ない人見知りだった。


親の反応を見て、周りの反応を見て、自分がどうしなければならないのか、周りがどう考えて、自分がどう見られているのかを常に考えていた。


それが自分のメンタル面でマイナスに働く事になった。



サッカーの面で言えば、中学の時に所属していたFC駒沢で1つ上の学年で出るようになってから先輩に怒られたり文句言われる事にビクビクしながらプレーしていたし、


野洲高校では上手い奴らばかりで自分の下手さ、無力さに失望した。

1年生大会では主力として全ての試合に先発出場し優勝したが、ミスを恐れてプレーしていた記憶がある。


高校を卒業し、日本工学院へ入学した時は高校時代につけた自分の技術への自信があり、試合ではやりたい放題やっていたのだが、

HBO東京へ入団し、自分より年上で経験もある人達とプレーすると、ミスを恐れたプレーをし、自分のメンタルの弱さを露呈する事になる。


ピッチ内外関わらず、自分の性格上、周りからどう思われているか、では自分はどうしなければならないのか、そんな事ばかり考えてしまっていたのが、サッカーではマイナスに働いていたのだ。



サッカーはミスのスポーツだ。


脳から1番遠い足でボールを扱うため、どんなスタープレイヤーでもミスをする。


だが何人かの人にミスを指摘されると途端にミスが恐くなり、ミスをしないようにプレーしてしまう自分がいたのだ。



その自分の弱さを分かっているようで分かっていないまま、自分は海外へ行く事になった。


場所が変われば最初は上手くやれる。

だが時間が経てば、いつかは文句を言われ、ミスを指摘される事は当然のようにある。


自分にとっての課題を乗り越えるまではその課題は自分に付き纏うのだ。


ドイツへチャレンジする場所を変えても、何回移籍しても、同じ課題は常に自分を苦しめた。


自分の課題は何なのか、どうやったら乗り越えられるのか、そんな事はいくらでも考えてきた。

それに向き合い改善しようと努力したつもりだったが実際その問題に直面すると、弱さを露呈してしまっていたのだ。


海外ではピッチの中と外では別物と考えて良い。

だが日本人は特にこの切り替えが上手く出来ず、ピッチで起こった事をそのままピッチ外にも持ち越し、仲が悪くなったり気まずくなったりする。


自分も例外なくピッチ外にも持ち込んでしまっていた。

ピッチ内ではミスを指摘され、文句を言われ、ピッチ外ではドイツ語が上手く話せないとなるとチームメイトと同等の関係で話したり出来ず、自分の居場所はどんどん無くなっていった。


ピッチ内外で居心地が悪いと逃げ出したいとしか思えず、練習に行く時はチームメイトと一緒に行かなければならない環境が嫌で何度もやめたいと思った事がある。


だが、高校入学してすぐに失望した事、そしてすぐ1年生の中で主力になった事や、今までやれた事、俺は何事も乗り切れるんだという強い気持ちを何度も自分に言い聞かせ、居場所の無い環境を壊したいと思えた。


練習や試合の日は常に嫌な気持ちだったが、自分が変われば必ず良くなると信じ、小さな事から変えていった結果、それを乗り越える事が出来た。


それはサッカーにも現れた。

ミスして文句を言われようが、自分はそれを気にする事なく自分のプレーを続けられるようになったのだ。


この歳になってようやく、いや、正直また同じような壁にぶち当たるかもしれないが、良い感じに図太くなってきた自負がある。


友達や家族、自分の周りにいる人達の協力あってこそ壁を乗り越えられたと思うが、結局壁を乗り越えるのは自分でしかない。


壁に当たれば苦しくてめちゃくちゃ辛いが、それを乗り越えた先には必ず良い景色が待っている。


自分の場合はメンタルの強さ、考え方の改善が必要だった。

それに気付き、乗り越えていく為にどうすれば良いかというのは誰に言われた訳ではない。


苦しくて辛いと勝手に思っていたのを改善する為に変えていったことが自分の課題の改善に繋がった。


自分はこの感覚をサッカーを通して知れた。


カテゴリーがどこでも関係なく、国や場所も関係ない。

チームメイトやコーチ、監督に何を言われようが関係ない。

全ては自分との戦いだ。




これからも課題は大歓迎、まだまだ強くなれるように頑張っていくだけだ。